姉ちゃんと私。

  1. にけのこと
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私は何不自由のない家庭に生まれた。。。

と言ったら語弊がある。
祖父母がおり、父母も健在。
私も弟がおり
周りから見れば、ごく当たり前な
出来た家族だったろう。

私には姉がいた。
いるはずだった。
私の姉は
母のお腹の中で母の歌を聴き

共に唄い、幸せな日々を過ごた姉。
姉はこの世に生を受ける事なく愛され亡くなった。
今も毎年水子の供養とし皆、寺を訪れる。

私は姉の声が聞けた。
欲しいもの、やりかたった事
そんな全ての声が聞こえている。

私は一人で生きてなどいない。
常に姉と一緒に生きている。
一人じゃないんだ。

幼き頃からそう思って生きていた。

姉が生まれれば
この世に生を受けなかったであろう
私は姉の死をもってこの世に生を受けた。
私は姉の想いを受けて共に生きている。
私は嬉しく思う。

一人ではないのだから。

そんな私は受けた性は男である。

それながら可愛いものが大好きだった。
キラキラ光る宝石やバック、小物。
私の身の回りを飾る全てに微笑みがあった。
綺麗なものに囲まれているのが大好きだった。

笑顔で溢れていた。

私には幼い時怖いものがあった。

私はロボットや恐竜が怖かった。
理由はわからないが怖くてたまらなかった。

4歳の頃、大きな怪獣とロボットをもらった。
怖くて仕方なった。

周りはそれを訝しんだ。
男の子なのに怖いなんて何故、喜ばないだと。

母もなぜか必死に私の肩に手を置き
喜んでほしいと言っていたのを覚えている。

私は一人ではなかった。
傍には姉がいた。
しかし世の中の見え方は
一人の男の子でしかなかったのだ。

あぁそうか。

私はこの世では
男として生きていかなければならないのだ。

そう感じた瞬間だった。

ひとつ影がおちた。

私は変わらなかった。
相変わらず可愛いものが大好きだった。
しかし少しずつ男の子として生きていくことも
身につけ頑張って生きていたとは思う。

伝えるの忘れていた。。。

私は決して性同一障害ではない。

私は姉と共に生きている。

それ以上、それ以下でもない。

姉が望むならばと思うところ
何でもしてあげたいと思っている。
しかし
出来ないこともたくさんあった。

私は同性、男を好きになれないし愛せもしない。
女の子と一緒にいる時間は好きだし
長くいたが同じようには生きれない。
女の子の様に
おぞましい程の嘘をついたり人を騙したり出来ない。
しかし反面、男の子に混ざって
サッカーや野球、野山を駆け回る事、
思う存分出来ない自分がいた。
また可愛く家庭的なおままごとを嗜み続ける事も出来なかった。

グルグル回る・・・

あぁ

全てが中途半端だ。

きっと同じ想いだったのだと思う。

姉は自身の体は持たずとも想いはここにあり
しかしながら何も出来ない。

私は体を持っている。
しかし姉の想いが汲みとれ
行動に踏みとどまる。

私たちはいろんな葛藤と共に生きてきた。

これからも共に葛藤を抱きながら生きていくのだろう。

しかし私はとても誇らしく思う。

傍に姉がいていつも笑ってくれている。

すこし泣かせた時期はあった。

でもね私も泣いた時期はあったよ。

ごめんね。

さぁ行こう。

私は貴女と一緒だ

一人ではないのだから。

にけ先生

私の知ったこと全てを
みんなに伝えたいと思っています。

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